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大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)1253号 判決 1966年4月03日

控訴人 関東商事株式会社

被控訴人 尼崎ドラム罐工業株式会社

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金一七万七、六五三円およびこれに対する昭和三七年九月二六日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する

訴訟費用は第一、二審を通ずこれを五分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする

この判決は、控訴人において金六万円の担保を供するときは、勝訴部分に限り仮に執行することができる

事実

<全部省略>

一、当裁判所は本件各約束手形(甲第一、二号証)が訴外松田彦策の偽造にかかるものであり、かつ被控訴会社において本件各手形の振出行為を追認した事実も認められないので控訴人の本件手形金請求は失当と認める。その理由は、原判決五枚目裏末行の「甲第三、四号証」の次に「乙第四号証」を加えるほか、原判決理由に記載するところ(原判決五枚目裏五行目から六枚目表末行まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。

二、また当裁判所は控訴人の契約金請求も失当と認める。その理由も原判決理由に記載するところ(原判決六枚目裏五行目から同一一行目まで)と同一であるから、これを引用する。

三、損害賠償の請求について、

(一)  成立に争のない甲第三、四、五号証、乙第四号証、原審証人山根登(第一回)の証言により成立を認める甲第六、七号証に右証人の証言(第一、二回)、原審における控訴会社代表者尋問の結果、原審証人久保義昭の証言の一部、原審における被控訴会社代表者尋問の結果の一部、甲第一、二号証の存在を綜合すると、

控訴会社は昭和三七年六月一四日頃訴外松田彦策より被控訴会社振出名義の甲第二号証の約束手形(以下(二)の手形という)の割引の依頼を受けたので、その振出の真否を確認するため、控訴会社事務員山根登が右手形を振出人たる被控訴会社に持参して、当時被控訴会社の専務取締役であった久保義昭に面会して、右手形を示し、その真否および支払期日にその支払がなされるか否かをただしたところ、久保義昭は、当時被控訴会社において右松田彦策を受取人として(二)の手形と同一の手形要件の約束手形(融通手形)を振出しており、かつ(二)の手形要件の記載に用いられている。金額の表示方法、支払期日の記載、支払地支払場所振出地等のゴム印による記載、振出人欄の被控訴会社の住所、商号、代表取締役の記名およびその名下の被控訴会社代表取締役の印影が右真正の手形のそれと一見酷似していたところから、(二)の手形が前示のとおり偽造手形であることに気付かず、(二)の手形が被控訴会社が真正に振出した手形であると誤信し、(二)の手形が被控訴会社が振出した正当な手形であり、被控訴会社は事由の如何を問わず支払期日に手形金を支払うことを確認する旨記載した被控訴会社代表取締役久保正康名義の確認書(甲第三号証)を右山根に交付した。控訴会社は右の確認を得たので、右手形の受取人である松田彦策に対し右手形の割引をすることとし、同月一五日手形金額から割引料として金二万〇、九七二円を差引いた金七万七、〇二八円を支払い、同人から(二)の手形の裏書譲渡を受けた。同月一八日頃控訴会社は再び右松田彦策から前示のとおり偽造手形である甲第一号証の約束手形(以下(一)の手形という)の割引の依頼を受けたので、右山根登は前同様(一)の手形を被控訴会社に持参し前記久保義昭に面会して右手形の確認を求めたところ、被控訴会社は当時(一)の手形と同一の約束手形(融通手形)をも松田彦策宛に振出しており、前同様の事情にあったので、右久保義昭は前同様の経過により前記甲第三号証と同様の記載のある確認書(甲第四号証)を右山根に交付し、控訴会社は右確認に基づき即日右松田に対し手形金額から割引料として金二万四、三七五円を差引いた金一〇万〇、六二五円を支払い、同人から(一)の手形の裏書譲渡を受けた。その後昭和三七年六月下旬に被控訴会社は取引銀行から当座預金不足の通知を受け、調査した結果、始めて(一)、(二)の約束手形が偽造手形であることを知るに至った。

以上の事実が認められ、右認定に反する原審証人小松栄三郎、同久保義昭の各証言および原審における控訴会社代表者本人尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく信用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によると、久保義昭の本件各手形についての右確認は、同人が錯誤に基づきなしたものであることが明らかである。

(二)  そこで、右久保義昭の右各確認行為に過失があるか否かを考えてみる。(控訴人は、右久保が錯誤に基づき確認した以上、とりもなおさず右久保に過失ある旨主張しているが、その当時の事情を勘案して通常人が予測しえない事由により錯誤に陥り、右確認をしたものと認むべきものとすれば、右久保に過失ありとなしえないことは当然であるから、控訴人の右主張は独自の見解であって採用しえない。)

およそ、約束手形の振出人が、その手形の所持人から、その手形を示して、振出の真否につき確認を依頼され、これに応じてその振出の真否を確認する場合においては、その手形要件およびその記載方法が自己が振出した手形と合致するか否かを審査してこれをなすべき注意義務のあることはいうまでもないが、更にその振出名義人である自己の署名(又は記名)およびその名下の拇印については自己の署名(又は記名)および自己の印章による印影と一致するか否か照合してこれをなすべき注意義務あるものと解すべきである。けだし、右確認が求められる場合においては、特別の事情なき限り、右確認の結果を信頼して、これに基づき手形取引がなされるのであるから、確認者に右程度の注意義務を要求することが取引通念上相当と認められるからである。本件についてこれをみると、本件各手形(甲第一、二号証)の振出名義の記名および名下の印影と被控訴会社が当時使用していた記名印および代表取締役の印章によるものであることについて争のない甲第三、四号証、乙第四号証の記名およびその名下の代表取締役印の印影と対照してみると、肉眼にて、その記名の書体の相違を看取しうるのみならず、代表取締役印の印影中の「尼崎ドラム罐工業株式会社」の「ラム」の字形が明らかに真正のものと相違していることが看取しうるのであるから、前記久保において本件各確認をなすにあたり、右記名および印影を対照したならば、右(一)(二)の手形が被控訴会社振出の手形と異るものであることを看破しえたことは明らかである。そうすると、前記久保がかかる照合をすることなく、単に右(一)(二)の各手形が被控訴会社が振出した真正の手形と手形要件が同一であり、一見、その色字体等が真正の各手形と酷似しているところから、たやすく被控訴会社振出の真正の手形であると誤認して前記のとおりその振出の真正を確認したことは、その確認にあたり払うべき注意義務を欠いたものといわねばならない。そして控訴会社の本件各手形の割引が被控訴会社の専務取締役久保義昭のなした右各確認行為に因ってなされたものであることは前認定のとおりであるから、被控訴会社は控訴会社に対し右確認により控訴会社の蒙った損害を賠償すべき義務がある。

(三)  次に控訴会社の蒙った損害額について判断する。

(1) 控訴会社が右各確認を信頼して本件各手形の割引をなし、割引金として訴外松田彦策に交付した前認定の(一)の手形の割引金一〇万〇、六二五円および(二)の手形の割引金七万七、〇八二円合計一七万七、六五三円が控訴会社に返還せられていないことは弁済の全趣旨に徴し明らかであるから、前記確認により控訴会社の蒙った損害であることは明らかである

(2) 控訴人は右各手形の割引料相当額を得べかりし利益の喪失による損害であるとして主張する。しかしながら、右(一)(二)の手形は偽造手形であって、前記久保がその振出を確認しなかったならば、控訴会社においてその割引をしなかったことは前認定のとおりであるから、右確認に因り控訴会社が割引料相当額の損害を蒙ったものといいえないことは明らかである。従って控訴人の右損害の請求は失当である。

四、以上のとおりで、被控訴人は控訴人に対し金一七万七、六五三円およびこれに対する損害発生の日の後である昭和三七年九月二六日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから(控訴人は商事法定利率による遅延損害金を請求しているが、民法不法行為による債権であるから、民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべきものである。)控訴人の本訴請求は右の限度において正当として認容すべきも、その余は失当として棄却すべきものである。<以下省略>。

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